偉大なるキム氏に捧げる世俗ドラマーの弔辞
キム・デ・ファン氏の言葉
<出会い>
初めてキム・デ・ファン(Dr,Per)とカン・デ・ファン(As),チェ・ソンベ(Trp)のトリオに接したのは、およそ20年程前、副島輝人氏のプロデュースで池袋の西武百貨店(確か8階か?そのイベントステージだった。この時期、西武百貨店はこういった芸術活動部門に於いて、積極的に取り組んでいた)でのコンサートだった。その時の西武の担当者はTさんという妙齢のひときわ美形の女性だった。
当時の私の演奏形態と言えば、とにかくガンガン演るスタイルで、ひたすらパワー一本槍だった。ところがそのときに聴いたこのトリオは、私個人としてはイマイチの物足りなさを感じたことは否めない。まぁ、それも今考えればカンデファンさんは私と同年代だとして、キムさんとチェさんは50歳を過ぎていたのである。自ずから表現方法も演奏形態も年相応の表現方法というものがあろう。まだ発展途上であった若輩者の私が物足りないと感じたのは、私の至らぬ感性と見る目が無かったせいだったのだろう。
演奏の後、副島氏から3人を紹介されたが、どの人も温厚な人間性を感じた。
<メールスの時に立ち寄ったソウルでのキム氏のライブ>
そのごカンデファン氏とは1-2度演奏の機会があったし、何度か目にしたこともある。だがキムさんとは疎遠だった。
そんな時、丁度我々のバンド「人間国宝」が、ドイツのメールスジャズ祭に出演する際、韓国のソウルに立ち寄った。メールスの出演が副島氏のプロデュースになるものだったが、韓国の前衛ジャズシーンも副島氏のプロデュースになるものが多い。そこで我々メンバーは副島氏と韓国にも立ち寄ったのである。
丁度その夜、キム氏のライブが都内のライブハウスで行われると言う事だったので、さっそく副島氏を始め我々メンバーはその店を訪れた。その夜の演奏形態はキム・デ・ファン氏と女性ボーカルのデュオだ。
その時のキム氏の円熟したアドリブの妙技にも感服したが、女性のボーカリストにも驚いた。それはまるでマツクスローチのウイ・インシスト・のボーカリストである、アービーリンカーンのように、歌詞から脱却したひとつの器楽楽器としての声によって成し得る最大限の表現をしていた−−−ハツハリ言ってこれにはギャフンと打ちのめされた。機会があったら一緒にやりたい!そんなボーカリストだった。もちろんそんな大器は日本には居ない。
<キム氏との再会>
2-3年程前(たしか2000年か2001年のこと)、韓国でのイベントでソロコンサートに行った。
正直な話、私は往復のチケット代だけ出してもらい、ギャラはタダで行った。目的が別にあったからだ。ひとつはキム・デ・ファン氏に会いたいため。もうひとつの用事は韓国製の桐の木で手製のドラムを作るために、韓国のタイコ類の製造工場を見学するためである。
ま、それはいい。
コンサートのおかげでキム氏にも会えたし、地下鉄で「第四街?」駅で降りた近くに、キム氏のドラム工房(彼のドラム以外の作品も多数展示している)も見学できた。しかもその日は、キム氏のドラム演奏に加え、チェ・ソンベ氏(Trp)とのデュオも聞けたことである。韓国で二人の生演奏を聞けたことはラッキー以外の何物でもない。
<フリー・ドラミングの秘決>
キムさんが演奏前、オイラにフリー・ジャズドラムの極意を語ってくれた。
「悟空サン、フリーのドラムの極意って何か知ってる?」
(愛すべきキムさんは、年齢が20歳ほども下の私如きを「さん」付けで呼んでくれる。私も韓国流に「キム先生」と呼ばねばならないのだが、なんだか照れくさくてそれが言えないでいた)
「う〜ん、分かりませんが・・・」
「それはねぇ、叩かない事だょね」
「えっ?叩かないこと?」
えっ?とは言ったものの、その意味は重々分かってはいる。頭では分かってはいるが、ついつい叩き過ぎてしまうのが、私のドラムが饒舌ではあるが、欠点ではあるのは自分でよく分かっていた。
「叩かない事でね。緊張感が増すんだよ。叩かない事で聞く側や共演者が、ドラムのスピードをより速く感じられるんだよ」
然り!そうなのだ。その通りなのだ。だが、私のような世俗ドラマーは叩いて叩いて叩きまくることで、効果を半減させているのは、重々理解している。ついつい腕が動いてしまうのである。
<キム氏の演奏に対する一考察>
その日のキム氏の演奏について、同じドラマーから見た特筆すべき○秘的考察があった。
★キム氏は一枚皮のフラッツ的なBDを使っていた。が、ペダルはダブルのフット・ペダルを使っていた。一枚皮のヘッドが透明だったため彼の踏んでいたフレーズがよく理解できた。上半身はフリー的なドラミンク゛で、下半身はドンドコドンドコドンドコという音符を右足をメインに左右の足で踏んでいた(PCで楽譜が書けないのでこんな表現になる)。
以前マックス・ローチが「永遠のドラム」で、下半身だけ「ドン、チャッチャッ、ドン、チャッ」と規則正しく踏みながら、上半身はフリーな叩き方をしていた。それと今回のキム氏の叩き方も似ている。ただオイラが思うには、両足で「ドンドコドンドコ」と踏むのであれば、右足1本だけでも「ドンドコドンドコ」と叩けるではないか。しかもテンポはそう速くないのだから・・・。
とまれ!テンポが早くなった時を想定してこの手順(ここでは足順)で、叩いているのか?
うん。その可能性もある。だが、問題はそう言うことではない。この時の齢が既に70歳前後であろうキム氏が、テンポの問題ではなく、敢えて難儀なレベルの「ドンドコ」打ちをしているということに、注目すべきである。
両手で「タンタカ」打ちは屁でもないけれど、それを両足でやるというのは正直な話、結構タイヘンなことなのだ。私なんぞは頭では分かっていても、未だにそういうことのトレーニングをしようとはせず、(両足ペダルを使っているにも拘わらず)、安易な方の片足での「ドンドコ打ち」をしているのである。
ここでカツ目すべきは、キム氏の「チャレンジャー精神」であると、私は見た。齢70をこいても、そういった演奏に挑戦している彼に、私は尊敬の念を抱いたのである。
<この日の演奏>
それでもやっぱり叩いちゃったみたい・・・。
この日はチェ・ソンベ氏(トランペット)氏とのデュオだったため、演奏前に私に○秘極意を教えてくれたキムさんも、寡黙では無かった。というのも相手のチェさんも相当に高齢のため、ひとりで吹かせていては健康に不安があると言う事もあろう。キムさんも「叩かないこと」という極意のセオリー通りにはいかなかったのだろう。それと、「叩く」という作業(動作)はドラマーの本能である。それを抑えるというのは、「叩くこと」よりも、さらに高度な演奏の次元なのかも知れない。
<天国へハーレーに股がって>
私もバイクが大好きで、30台くらい乗ってきたが、未だにハーレーは買えずにいる。
キムさんはハーレーに跨り、颯爽とライブ演奏に行っていた。韓国では誰もが知る「人間国宝」級の人気者だったらしい。キムさんも天国へ旅立った。天国でも「叩くこと」のドラミングと「叩かないこと」のドラミングの妙技を聴かせていてくれてることでしょう。
キム・デ・ファンさん、永遠に・・・合掌。
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